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トマスによる福音書 全文 日本語訳(英訳からの重訳)


トマスによる福音書 全文 日本語訳(英訳からの重訳)

Gospel of Thomas | Japanese Translation

翻訳元のファイル:

https://www.marquette.edu/maqom/Gospel%20of%20Thomas%20Lambdin.pdf

Google翻訳による訳文を下敷に、随時人間の目で確認し、修正を加えます。


Ed. 15 March 2024

Ed. 28 April 2024

Ed. 4 June 2024


トマスによる福音書

(トーマス・O・ラムディン英訳)


これらは、生けるイエスが語り、ディディモス・ユダ・トマスが書き留めた、隠された言葉である。


(1) そして彼は言った、「これらの言葉の解釈を見出す者は死を味わうことがないだろう。」


(2) イエスは言われた、「捜し求める者には、彼が見出すまで、捜し続けさせなさい。彼は見出したとき、彼は困惑するだろう。困惑するとき、彼は驚くだろう。そして彼はすべてを支配するだろう。」


(3) イエスは言われた、「もし諸君を導く者たちが『見よ、王国は天にある』と言うなら、天の鳥たちがあなたがたに先んじるだろう。もし彼らが『それは海にある』と言えば、魚があなたがたに先んじるだろう。しかしむしろ、王国はあなたがたの内にあり、あなたがたの外にある。あなたがたがあなたがた自身を知るようになったら、そのときあなたがたは知られるようになるだろう。そしてあなたがたは、生ける父の子らであるのは、あなたがたであるということに気づくだろう。しかし、もしあなたがたがあなたがた自身を知らないならば、あなたがたは貧困のうちに宿ることになり、その貧困とはあなたがたのことである。」


(4) イエスは言われた、「何日も歳をとった人は、生後7日目の幼い子供に、命の場所について尋ねることをためらわないだろう。そうすれば、彼は生きるだろう。というのも、多くの最初の者が最後になるであろうし、また彼らは一つになり、また同じになるであろうから。」


(5) イエスは言われた、「あなたがたの視界の中にあるものを認識しなさい。そうすれば、あなたがたから隠されているものが、あなたがたに平らか/明らかになる。というのも、隠されていて顕わにならないものは何もないからである。」


(6) 彼の弟子たちは彼に質問して言った、「あなたは私たちに断食してほしいでしょうか。私たちはどのように祈ればいいですか。私たちは施しをすべきですか。私たちはどのような食事法を守りましょうか。」

イエスは言われた、「嘘をつくな、そしてあなたがたが憎むことを行うな。なぜなら、天の視界にはすべてのことが平らか/明らかだからである。というのも、隠されたもので顕わにならないものはなく、覆われたもので暴かれずに残るものは何もないからである。」


(7) イエスは言われた、「人に消費される/食べられるときに人になる獅子は祝福されている。そして、獅子に消費される/食べられる人は呪われている。そして獅子が人になる。」


(8) そして彼は言った、「その人は、海に網を投げ、小魚でいっぱいの海から引き上げた、賢い漁師に似ている。その賢明な漁師は、それらの中に立派で大きな魚を見つけた。彼は小さな魚をすべて捨てて海に戻し、難なく大きな魚を選んだ。聞く耳のある者には聞かせなさい。」


(9) イエスは言われた、「今、種蒔き人が出て行って、(種を)一握り取って、それを蒔いた。幾らかは道に落ち、鳥が来て彼らを集めた。他のものは岩の上に落ち、土に根を張らず、芽も生じなかった。他のものは茨の間に落ち、彼らは種を塞いで虫が彼らを食べた。また他のものは、良い土の上に落ち、良い実を結んだ。それは一尺あたり六十と百二十の実を結んだ。」


(10) イエスは言われた、「わたしは世に火を放った。見よ、わたしはそれが燃え上がるまでそれを守っている。」


(11) イエスは言われた、「この天は過ぎ去り、その上にある天も過ぎ去る。死者は生きておらず、生きている者は死ぬことがない。あなたがたが死んだものを消費していた/食べていた日々に、あなたがたはそれを生けるものにした。あなたがたが光のうちに住む/宿るようになるときに、あなたがたは何をするだろうか。あなたがたが一だったあの日に、あなたがたは二になった。しかしあなたがたが二になるとき、あなたがたは何をするだろうか。」 


(12) 弟子たちはイエスに言った、「あなたが私たちから去られることを私たちは知っています。誰が私たちの指導者になるでしょうか。」

イエスは彼らに言われた、「どこにいても、あなた方は義人ヤコブのところに行くだろう。彼のために天と地は生じたのである。」


(13) イエスは弟子たちに言われた、「私を誰かに比べて、私が誰に似ているか言いなさい。」

シモン・ペテロは彼に言った、「あなたは正しい天使のようです。」

マタイは彼に言った、「あなたは賢い哲学者のようです。」

トマスは彼に言った、「師よ、私の口は、あなたが何者のようであるかを言うのに、全く堪えません。」

イエスは言った、「私はあなたの師ではない。なぜなら、私が量っておいた湧き出る泉から、あなたは飲んで酔ったからである。」

そして彼は彼を連れて退き、彼に三つのことを伝えた。 トマスが仲間たちのところに戻ったとき、彼らは彼に尋ねた、「イエスはあなたに何を言いましたか。」

トマスは彼らに言った、「もし私があなたがたに彼が伝えたことの一つを伝えれば、あなたがたは石を取って私に投げるだろう。火が石から出てあなたがたを焼き尽くすだろう。」


(14) イエスは彼らに言った、「もし断食すれば、あなたがたは自ら罪を生むことになる。また、もしあなたがたが祈れば、あなたがたは責められるであろう。また、もしあなたがたが施しをすれば、あなたがたはあなたがたの霊に害を及ぼすであろう。あなたがたは、どこの土地に行って地方を歩き回るときも、もし彼らがあなたを迎えるなら、彼らがあなたがたの前に出すものを食べ、彼らの間の病人を癒しなさい。というのも、あなたの口の中に入るものはあなたを汚さず、しかしあなたがたの口から出るもの—あなたを汚すものはこれだからである。 」


(15) イエスは言った、「あなたがたが女から生まれなかった者を見るときは、あなたがたの顔をひれ伏してその人を礼拝しなさい。その者があなたがたの父である。」


(16) イエスは言った、「人々はおそらく、私が世に投げかけるために来たところのもの、それは平和だと思っている。彼らは、私が地に投げかけるために来たところのもの、それは不和であることを知らない。つまり、火、剣、戦争である。というのも、ある家には五人がいるであろうが、三人が二人に対して、二人が三人に対して、父が子に対して、子が父に対することになるだろうから。そして彼らは独り立つことになる。」


(17) イエスは言った、「私はあなたがたに与える。いかなる目も見たことのないものを、またいかなる耳も聞いたことのないものを、またいかなる手も触れたことのないものを、また人の心に思いついたことのないものを。」


(18) 弟子たちがイエスに言った、「私たちの終わりがどうなるかを教えてください。」

イエスは言った、「では、あなたがたが終わりを探しているというところの、始まりを見つけたか。というのも、始まりがあるところに終わりがあるだろうからだ。始まりに彼の場所を取る者は祝福されている。彼は終わりを知るだろうし、死を経験しないだろう。」


(19) イエスは言われた、「生まれる前に生まれた彼は祝福されている。もしあなたがたが私の弟子になって私の言葉を聴くならば、これらの石があなたがたに仕えるだろう。というのも、楽園にはあなたがたのために5本の木があるからだ。 それは夏も冬も邪魔されることがなく、その葉は落ちない。彼らと知り合いになった者は誰でも死を経験しないだろう。」


(20) 弟子たちはイエスに言った、「王国が何に似ているか教えてください。」

彼は彼らに言った、「それはからし種のようなものである。すべての種の中で最も小さい。しかし、耕した土に落ちると、大きな植物を生み、空の鳥たちの避難所になる。」


(21) マリアはイエスに言った、「あなたの弟子たちは誰に似ていますか。」

彼は言った、「彼らは自分たちのものではない野/畑に住み着いた子供たちに似ている。野/畑の所有者が来るとき、『私たちの野/畑を取り戻させてください』と彼らは言うだろう。彼らは、彼らに野/畑を取り戻させて彼らに返すために、彼らの面前で服を脱ぐ。だから私は言う。もし家の所有者が、泥棒が近づいて来ていることを知るなら、泥棒が来る前に徹夜の警戒を始めるだろう。そして、彼が自分の物品を持ち去るために自分の領域の家の中を漁ることを許さないだろう。そこで、あなたがたは世に対して警戒していなさい。十分な力であなたがた自身を武装していなければ、盗む者たちがあなたがたのところに来る方法を見つけるだろう。あなたが待ち受けている困難は(確実に)現れる/現実化するからだ。 あなたがたの間に理解のある人があれ。 穀物が熟すとき、彼は鎌を手に急いでやって来て刈り取った。 聞く耳のある人には聞かせなさい。」


(22) イエスは幼児たちが乳を飲まされているのを見た。 彼は彼の弟子たちに言った、「乳を飲まされているこれらの幼児たちは、王国に入る彼らに似ている。」

彼らは彼に言った、「それでは、私たちは幼児として、王国に入りましょうか。」

イエスは彼らに言われた、「あなたがたが二つを一つにするとき、また、内側を外側のように、外側を内側のようにし、上を下のようにするときに、また、男と女を一にして同じにし、男が男でも女でもないようにするときに。そして眼(複数)の代わりに目(単数)を、手の代わりに手を、足の代わりに足を、似姿の代わりに似姿を作るときに。 そうすれば、あなたがたは王国に入るだろう。」


(23) イエスは言われた、「わたしはあなたがたを千人から一人、一万人から二人を選ぶ。そして彼らは、ただ一人の者として立つだろう。」


(24) 彼の弟子たちが彼に言った、「あなたのいる場所を見せてください。私たちはそれを探す必要があるからです。」

彼は彼らに言った、「耳のある者には誰でも、聞かせなさい。光の人の中に光がある、そして彼は世界全体を照らす。もし彼が輝かなければ、彼は闇である。」


(25) イエスは言われた、「あなたがたの兄弟をあなたの魂のように愛し、あなたの目の瞳のように彼を守りなさい。」


(26) イエスは言われた、「あなたがたは兄弟の目にある屑を見るが、自分自身の目にある梁を見ていない。自分自身の目から梁を除くとき、あなたがは、兄弟の目から屑を除くために、はっきりと見ることができるようになるだろう。」


(27) <イエスは言われた>「あなたがたは世に関して断食しなければ、あなたがたは王国を見出さないだろう。あなたがたがサバト(安息日)をサバト(安息日)として守らなければ、あなたがたは父を見ることはない。」


(28) イエスは言われた、「わたしは世の真っ只中に私の場所を取り、肉において彼らに現れた。私は彼らが皆酔っているのを見出したが、渇いている者を一人も見出さなかった。そして私の魂は人の子らのために苦しんだ。なぜなら、彼らは心が盲目で視力がないからである。彼らは空っぽでこの世に来て、また空っぽで世を去ろうとしている。しかし、当分彼らは酔っている。彼らがぶどう酒を振り払うとき、彼らは悔い改めるだろう。」


(29) イエスは言われた、「もし肉が霊によって生じたのであれば、それは不思議である。しかし、霊が肉によって生じたのであれば、それは不思議中の不思議である。確かに、私はこの大いなる富が、いかにしてこの貧困のうちにその家を建てたのかに驚いている。」


(30) イエスは言われた、「神が三人いるところでは、彼らは神々である。(神が)二人、あるいは一人いるところには、わたしは彼とともにいる。」


(31) イエスは言われた、「どの預言者も彼自身の村では受け入れられず、どの医者も彼を知っている人を癒さない。」


(32) イエスは言われた、「高い山の上に建てられ、要塞が築かれている都市は、落ちることができないし、隠れることもできない。」


(33) イエスは言われた、「あなたがたの耳に聞こえるであろうことを、あなたがたの家の屋上から宣べ伝えなさい。なぜなら、誰もランプを灯してそれを籠の下に置いたり、隠れた場所に置いたりするのではなく、むしろ、 出入りする人全員がその光を見ることができるように、灯台の上に立てるからである。」


(34) イエスは言われた、「盲人が盲人を導くと、二人とも穴に落ちるだろう。」


(35) イエスは言われた、「彼の手を縛らない限り、強い人の家に入って、力によって占拠することは、誰にも不可能である。そうすれ(手を縛れ)ば、彼は彼の家を荒らし回ることができるだろう。」


(36) イエスは言われた、「朝から夕まで、夕から朝まで、何を着るかについて気にかけてはならない。」


(37) 彼の弟子たちが言った、「あなたはいつ私たちに現され、いつ私たちはあなたを見るでしょうか。」

イエスは言われた、「あなたがたが恥じることなく服を脱ぎ、あなたがたの衣服を取り上げ、幼い子供のように、足の下に置き、それらを踏むとき、あなたがたは生きている者の子を見るだろう、そしてあなたがたは恐れることがないだろう。」


(38) イエスは言われた、「何度もあなたがたは、わたしがあなたに語っているこれらの言葉を聞きたいと思ってきた。そしてあなたがたには他にそれらをその人から聞くところの人がいない。そのときにあなたがたはわたしを探すだろう、そしてわたしを見つけることがない、という日々が来るだろう。 」


(39) イエスは言われた、「ファリサイ派と律法学者たちは知識の鍵を奪い、隠した。彼ら自身はまだ入っていないし、入ろうと願う者に入ることを許してこなかった。しかし、あなたがたは、蛇ほどに賢く、鳩ほどに汚れ無くあれ。」


(40) イエスは言われた、「ぶどうの木が父の外に植えられたが、ぐらついているので、根から引き抜かれて破壊されるだろう。」


(41) イエスは言われた、「手に何かしらを持っている者は誰でも、さらに多くを受け取り、何も持っていない者は誰でも、わずかに持っているものさえ奪われる。」


(42) イエスは言われた、「過ぎ去りゆく者でありなさい。」


(43) 彼の弟子たちがイエスに言った、「あなたは何者なのですか、私たちにこれらのことを言うとは」。 <イエスは彼らに言われた> 「あなた方は、私があなたがたに話したことから、私が何者であるかに気づかないが、あなたがたはユダヤ人たちのようになってしまった。というのも、彼らは木を愛してその実を憎み、実を愛してその木を憎むからである。」


(44) イエスは言われた、「父に対して冒涜する者は誰でも赦され、子に対して冒涜する者は誰でも赦される。しかし誰であれ聖霊に対して冒涜する者は地上でも天でも赦されない。」


(45) イエスは言われた、「ぶどうは茨からは収穫されず、いちじくもあざみから採取されるものではない。というのは彼らは実を結ばないからだ。良い人は自分の倉から良いものを取り出し、悪い人は彼の悪い倉から悪いものを取り出し、 それ(悪いもの)は彼の心の中にあり、悪いことを言う。というのは、心の充溢するものから、彼はつまらないものを前に持ってくるからである。」


(46) イエスは言われた、「女から生まれた者どもの中で、アダムから洗礼者ヨハネに至るまで、何者も洗礼者ヨハネほどに優れている人はいないから、(彼の前に)彼の両眼は低められるべきではない。しかし、私は言ってきた、あなたがたの中で幼子になった者が、王国を知ることになり、ヨハネよりも優れた者になるだろう、と。」


(47) イエスは言われた、「人が二頭の馬に乗ったり、二本の弓を伸ばしたりすることはできない。また、しもべが二人の主人に仕えることはできない。そうでなくば、一人を敬い、もう一人を軽蔑するであろう。古いぶどう酒を飲むと、すぐに新しいぶどう酒を飲みたがる人間はない。そして、新しいぶどう酒は、古い革袋には入れない、でなければそれらは破裂する。また、古いぶどう酒を新しい革袋に入れない、でなければそれは傷む。古い当て布は新しい衣服に縫い付けない。破れが生じるからである。」


(48) イエスは言われた、「もし二人がこの一つの家で互いに和解するなら、彼らは山に向かって『離れなさい』と言うだろう。そして山は去っていくであろう。」


(49) イエスは言われた、「孤独な者たちと選ばれた者たちは、祝福されている。あなたがたは王国を見つけるだろうから。あなたがたはそこから出て、そこへ戻っていくであろうから。」


(50) イエスは言われた、「もし彼らが『あなたがたはどこから来たのか。』と言うなら、こう言いなさい。『私たちは光から来た。光が自ずと生まれ、自らを確立し、彼らの影像を通して現れた場所から。』 もし彼らがあなたに『あなたがその方ですか。』と言うなら、『私たちはその子供たちであり、生ける父に選ばれた者です。』と言いなさい。 もし彼らが『あなたがたの中にある父のしるしは何ですか。』と尋ねたら、彼らにこう言いなさい、『それは運動(働き)と静止(安息)です。』」


(51) 彼の弟子たちが彼に言った、「死者たちの安息はいつ来るのですか。そして新しい世はいつ来るのですか。」

彼は彼らに言った、「あなたがたが待ちわびているものはすでに来た。しかしあなたがたはそれを認識していない。」


(52) 彼の弟子たちは彼に言った、「二十四の預言者がイスラエルで語りましたが、彼らは皆あなたにあって語りました。」

彼は彼らに言った、「あなたがたは、あなたの前で生きている人を抜かして、死者について話した。」


(53) 彼の弟子たちは彼に言った、「割礼は有益ですか、それとも有益ではありませんか」。

彼は彼らに言った、「もしそれが有益であったなら、彼らの父が、彼らの母からすでに割礼された(状態で)彼らを産むだろうに。むしろ、霊における真の割礼が完全に有益になっている。」


(54) イエスは言われた、「貧しい者たちは祝福されている。天の王国はあなたがたのものであるから。」


(55) イエスは言われた、「自分の父と母を憎まない者は誰でも、わたしに弟子になることはできない。また、自分の兄弟姉妹を憎まず、わたしの道のために彼の十字架を負わない者は、わたしに値しない。」


(56) イエスは言われた、「世を理解するようになった者は誰でも、死体を見出した。そして、死体を見出した者は誰でも、世より優れている。」


(57) イエスは言われた、「父の王国は良い種を持った人のようなものである。彼の敵が夜に来て、良い種の間に雑草を蒔いた。その人は彼らに雑草を引き抜くことを許さなかった。彼は彼らに言った、『私は心配である、あなたがたが雑草を引き抜くつもりで行って、麦も一緒に引き抜くのではないかと。』 というのは、収穫の日には、雑草がはっきりと見えるようになって、彼らは引き抜かれて燃やされるであろうから。」


(58) イエスは言われた、「苦しんできて、命を見つけた者は祝福されている。」


(59) イエスは言われた、「生きている間に、生きておられる方に気をつけなさい。あなたがたが死んで彼を探そうとしても、そうすることはできない、ということのないように。」


(60) 〈彼らは見た〉あるサマリア人が子羊を連れてユダヤの道へ向かっていた。 彼は彼の弟子たちに言った、「あの人は子羊の周りを回っている。」

彼らは彼に言った、「それを殺してそれを食べるためです。」

彼は彼らに言った、「それが生きている間、彼はそれを食べないだろう。しかし、それを殺してしまってそれが死体になった時だけだ。」

彼らは彼に言った、「そうでなければ彼はそうすることはできません。」

彼は言った、「あなたがたも、安息の中に自分の居場所を探しなさい。あなたがたが死体になって、食べられることのないように。」


(61) イエスは言った、「二人が寝床(単数)で休むだろう。一人は死に、もう一人は生きるだろう。」

サロメは言った、「あなたは何者ですか、人よ……私の寝台に上がってきて、私の食卓から食べたとは。」

イエスは彼女に言われた、「私は分割されていないものから存在する彼である。私は父のものの一部を与えられた。」

<...> 「私はあなたの弟子です。」

<...> 「だから私は言う、もし彼が滅ぼされれば、彼は光で満たされるだろうが、もし彼が分割されれば、彼は闇で満たされるだろう。」


(62) イエスは言われた、「わたしがわたしの秘義を語るのは、わたしの秘義に値する者たちにである。あなたの右(手)がしていることを、あなたの左(手)に知らせるな。」


(63) イエスは言われた、「たくさんの金銭を持っている富裕な人がいた。彼は言った、『種を蒔き、刈り取り、植え、倉を作物で満たすために、私の金銭を使おう。その結果私は、何も欠くことがないだろう。』 それが彼の企図だった、しかしその同じ夜に彼は死んだ。耳を持つ者には聞かせなさい。」


(64) イエスは言われた、「ある人が訪問客を迎えた。そして、夕食の準備を済ませると、彼の僕を遣わして、客を招待させた。

彼は最初の者に行き、彼に言った、『私の主人があなたを招待しています。』彼は言った、『私はいくらかの商人に対して債権を持っています。彼らは今晩私のところに来ます。私は行って彼らに私の命令をしなければなりません。 夕食をご容赦くだるようお願いいたします。』

彼は別の者に行き、彼に言った、『私の主人があなたを招待しました。』彼は彼に言った、『私は家を買ったばかりなので、今日は必要とされています。私には余った時間がないでしょう。』

彼は別の者に行き、彼に言った、『私の主人があなたを招待しています。』彼は彼に言った、『私の友人が結婚するので、私が宴会の準備をすることになっています。私は来られないでしょう。夕食をご遠慮させてくださるようお願いいたします。』

彼は別の者に行き、彼に言った、『私の主人があなたを招待しています。』彼は彼に言った、『私はちょうど農場を買ったところで、私は地代を集めに行くところです。私は来られないでしょう。ご容赦願います。』

従者は戻ってきて彼の主人に言った、『あなたが夕食に招待した人たちは、許しを乞いました。』主人は従者に言った、『外の通りに出て、たまたま出会った人たちを連れて帰り、彼らに食事をさせなさい。』事忙家たちや商人たちは私の父の場所には入らないだろう。」


(65) 彼は言った、「ぶどう園を所有する善い人がいた。彼はそれを小作農に貸し、彼らが畑を耕し、農作物を集められるようにした。彼は小作人が彼にぶどう酒を与えるために召使を送った。彼らは召使を捕まえて殴り、ほとんど殺した。召使は戻って主人に話した。主人は言った、『おそらく、彼は彼らを認識しなかったのだろう。』 彼は別の召使を送ったが、借家人たちはこの召使も殴った。それから主人は息子を遣わして言った、『おそらく彼らは私の息子に敬意を示してくれるだろう。』小作農たちは、彼がぶどう園の相続人であることを知っていたので、彼を捕まえて殺した。耳を持つ者には聞かせなさい。」


(66) イエスは言った、「家を建てる人たちが捨てた石を見せなさい。あれが隅の基石である。」


(67) イエスは言った、「すべてを知っている人がまだ人格的な欠乏を感じているなら、その人は完全に欠乏している。」


(68) イエスは言われた、「あなたがたが憎まれ、迫害されているとき、あなたがたは祝福されている。あなたが迫害されたところにはどこでも、彼らの居場所はないからである。」


(69) イエスは言われた、「彼らの間で迫害されてきた人々は祝福されている。父を真に知るようになったのは、彼らである。飢えている人々は祝福されている。望む者の腹は満たされるだろうからである。」


(70) イエスは言われた、「あなたがたが持っているものが、あなたがたを救うだろう。それをあなたがたがあなたがた自身から引き出したのならば。あなたがたの中にあなたがたが持っていないものが、あなたがたを殺すだろう。それをあなたがたがあなたがたの中に持っていないのならば。」


(71) イエスは言われた、「わたしはこの家を壊す。そして、誰もそれを建てることはできないだろう[...]」。


(72) ある人が彼に言った、「私の兄弟たちに、私の父の所有物を私と分けてくれるよう言ってください。」 

彼は言った、「おお人よ、誰が私を分ける者にしたのか。」

彼は彼の弟子たちの方を向いて言った、「私は分ける者ではない。私はそうだろうか。」


(73) イエスは言われた、「収穫は多いが、働き手は少ない。だから、収穫のために働き人を送ってくださるよう、主に祈りなさい。」


(74) 彼は言った、「おお主よ、水飲み桶の周りにはたくさんの人がいますが、水槽には何もありません。」


(75) イエスは言った、「多くの人が戸口に立っているが、花嫁の部屋に入るのは独りの者である。」


(76) イエスは言われた、「父の王国は、商品の荷送りをして真珠を発見した商人のようなものである。その商人は精明であった。彼は商品を売り、ただ真珠だけを彼自身のために買った。あなたがたも、彼の損なうことがなく永持ちする宝を探しなさい。そこには蛾が近寄って食い荒らすことも、虫が壊すこともない。」


(77) イエスは言われた、「彼らすべての上にある光である者は、わたしである。わたしがすべてである。わたしからすべては出て、わたしにすべては広がった。木片を割りなさい、そうすれば私はそこにいる。石を持ち上げなさい、そうすればあなたがたはそこに私を見出すだろう。」


(78) イエスは言われた、「なぜあなたがたは荒れ野に出てきたのか。風に揺れる葦を見るためか。また、あなたの王や偉い人たちと同じように立派な衣を着た人を見るためか。彼らの上には立派な衣がある。そして彼らは真実を見分けることができない。」


(79) 群衆の中から一人の女が彼に言った、「あなたを産んだ母胎とあなたを養った乳房は祝福されています。」

彼は彼女に言った、「父の言葉を聞き、それを真に守り続けてきた人たちは祝福されている。というのも、『孕まなかった母胎と乳を与えなかった乳房は祝福されている』とあなたがたが言う日が来るだろうからである。 」


(80) イエスは言われた、「世を認識した者は身体を発見したが、身体を発見した者は世よりも優れている。」


(81) イエスは言われた、「富裕になった者は、王にならせなさい。そして力を持つ者には、それを放棄させなさい。」


(82) イエスは言われた、「わたしに近い者は火の近くにあり、わたしから遠い者は王国から遠い。」


(83) イエスは言われた、「影像は人に現われているが、その中の光は父の光の影像の中に秘められた/隠されたままである。彼は現れるだろう、しかし彼の影像は彼の光によって秘められた/隠されたままである。」


(84) イエスは言われた、「あなたがたはあなたがたの似姿を見ると喜ぶ。しかし、あなたがたの前に生じ、死にも現れ/現実化もしない、あなたがたの影像をあなたがたが見るとき、あなたがたはどれほど耐えなければならないだろうか。」


(85) イエスは言われた、「アダムは偉大な力と偉大な富から生じたが、彼はあなたがたにふさわしい者にはならなかった。というのも、彼がふさわしい者であったなら、彼は死を経験しなかっただろうから。」


(86) イエスは言われた、「狐は彼らの穴を持ち、鳥は彼らの巣を持つが、人の子は彼の頭を横たえて休む場所を持たない。」


(87) イエスは言われた、「身体の上に依存する身体は惨めであり、これら二つに依存する魂は惨めである。」


(88) イエスは言われた、「天使たちと預言者たちがあなたがたのところに来て、あなたがたが(すでに)持っているものをあなたがたに与えるだろう。そしてあなたがたも、あなたがたが持っているものを彼らに与えて、あなたがた自身にこう言いなさい、『いつ彼らは来るだろうか。そして彼らのものを持っていくだろうか。』


(89) イエスは言われた、「なぜ杯の外側を洗うのか。内側を造った方が、外側を造った者と同じであることに、あなたがたは気づかないのか。」


(90) イエスは言われた、「わたしのもとに来なさい。わたしのくびきは易く、わたしの権威は優しいからである。そうすれば、あなたがたはあなたがた自身のために休息を見出すだろう。」


(91) 彼らは彼に言った、「私たちがあなたを信じられるように、あなたが誰なのかを私たちに教えてください。」

彼は彼らに言った、「あなたがたは空と地の顔を読んでいるが、あなたがたは目の前にいる者を認識していない。そして、あなたがたはこの時をどう読むのかを知らない。」


(92) イエスは言われた、「探しなさい、そしてあなたがたは見つけるだろう。しかし、あなたがたが以前私に尋ねて、その時には私が言わなかったことを、今私は話したいと望んでいるが、あなたがたはそれを尋ねない。」


(93) <イエスは言われた>「犬に聖なる物を与えてはならない。彼らが肥やしの塚に投げてしまわないように。真珠を豚に投げてはならない。彼らが[...]それを[...]しないように。 」


(94) イエスは言われた、「捜す者は見つけ、門をたたく者は入れられる。」


(95) イエスは言われた、「あなたがたが金銭を持っているなら、利息をつけて貸さないで、あなたがたがそれを取り戻さないであろう者に与えなさい。」


(96) イエスは言われた、「父の国は、ある女に似ている。彼女は少量のパン種を取り、生地の中に隠し、大きな塊を作った。耳のある者に聞かせなさい。」


(97) イエスは言われた、「父の王国は、粉に満ちた瓶を運んだある女に似ている。彼女が、家から少し離れた道を歩いていたとき、瓶の取っ手が壊れ、粉が空になった。道の上で、彼女の後ろに漏れ出ていた。彼女はそれに気づかなかった。彼女は何の災禍にも気づいていなかった。彼女は彼女の家に達したとき、瓶を置くと、それが空なのに気づいた。」


(98) イエスは言われた、「父の王国は、力ある者を殺そうとしたある男に似ている。彼は彼の所有の家で、彼の手が貫くことができるかどうかを確かめるために、彼は剣を抜いて壁に突き刺した。それから彼はその力ある者を殺した。」


(99) 弟子たちがイエスに言った、「あなたの兄弟たちとあなたの母が外に立っておられます。」彼は彼らに言った、「ここにいる父の意志を行う者たちが、私の兄弟と母である。私の父の王国に入るのは彼らである。」


(100) 彼らはイエスに金貨を見せて彼に言った、「カエサルの人たちが私たちに税金を要求しています。」

彼は彼らに言った、「カエサルに属するものはカエサルに与え/捧げ、神に属するものは神に与え/捧げ、そして私のものは私に与え/捧げなさい。」


(101) <イエスは言われた>「私がするように、彼の父と彼の母を憎まない者は誰でも、私に弟子になることはできない。また、私がするように、彼の父と母を愛さない者は誰でも、私の弟子になることはできない。というのも、私の母は[…]、しかし、私の本当の母は私に命を与えた。」


(102) イエスは言われた、「パリサイ人たちは悲惨だ。というのは、彼らは牛たちの飼い葉桶で眠っている犬のようなものであるから。彼は食べもしないし、牛たちに食べさせもしないからである。」


(103) イエスは言った、「山賊たちがどこに入るかを知っている人は幸いである。そうすれば、彼らが侵入する前に、起き上がって、彼の領域にあるものを集め、彼自身を武装することができる。」


(104) 彼らはイエスに言った、「来てください、今日は祈り、断食しましょう。」

イエスは言われた、「わたしが関与した罪とは何か、あるいは私はどこで負けたのか。しかし、花婿が花嫁の部屋を去るときに、彼らに断食させ祈らせなさい。」


(105) イエスは言われた、「父と母を知る者は娼婦の子と呼ばれるであろう。」


(106) イエスは言われた、「あなたがたが二を一にするとき、あなたがたは人の子らとなる。そして、あなたがたが『山よ、離れなさい』と言えば、山は離れるであろう。」


(107) イエスは言われた、「王国は百匹の羊を飼う羊飼いに似ている。その中の一番大きい一匹が迷った。彼は九十九匹の羊を残して、彼がそれを見つけるまで、その一匹を探した。彼がその困難に至ったとき、彼はその羊にこう言った、『私はあの九十九匹よりも、あなたを気にかけている。』」


(108) イエスは言われた、「わたしの口から飲む者はわたしのようになる。わたし自身もその者となり、隠されているものどもは彼に表される。」


(109) イエスは言われた、「王国は、そのことを知らずに、自分の畑に宝を隠した人のようなものである。そして彼が死んだ後、彼はそれを彼の子に残した。息子は知らなかった。彼はその畑を受け継ぎ、それを売った。そしてそれを買った者が耕しに行って、宝を見つけた。彼は、望む者に誰でも、利息で金銭を貸し始めた。」


(110) イエスは言われた、「世を見出して富裕になる者、彼には世を捨てさせなさい。」


(111) イエスは言われた、「諸天と地はあなたがたの面前で巻き上げられる。そして、生ける方から生きる者は、死を見ることがない。」

イエスは、「彼自信を見出す者は誰でも、世より優れている。」とは言わなかった。 (56) (80)


(112) イエスは言われた、「魂に依存する肉は災いである。肉に依存する魂は災いである。」


(113) 弟子たちは彼に言った、「王国はいつ来るのですか。」

<イエスは言われた> 「それは、それを待つことによって来るのではない。『ここにある』とか『そこにある』とか言う事柄ではない。むしろ、父の王国は地上に広がっており、人々はそれを見ない。」

(114) シモン・ペテロは彼に言った、「マリアを私たちから去らせてください。女は命に値しないからです。」
イエスは言われた、「わたし自身が彼女を導いて、彼女を男性にし、そして彼女もあなたがた男性に似て生ける霊となれるようにする。彼女自身を男性にするすべての女は、天の王国に入るからである。」

トマスによる福音書

ヨハネによる福音書1章冒頭部 日本語/ギリシャ語/英語(KJV)

1 始原(アルケー)において言理(ロゴス)が有った, そして言理は神へ向かって有った, そして言理は神で有った.
Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν, καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος.
In the beginning was the Word, and the Word was with God, and the Word was God.
2 それは有った, 始源において, 神へ向かって.
οὗτος ἦν ἐν ἀρχῇ πρὸς τὸν θεόν.
The same was in the beginning with God.
3 全てのものどもは彼を通して生起した, そして彼から離れて生起しなかった, 一つの生起したものも.
πάντα δι᾽ αὐτοῦ ἐγένετο, καὶ χωρὶς αὐτοῦ ἐγένετο οὐδὲ ἓν ὃ γέγονεν.
All things were made by him; and without him was not any thing made that was made.
4 彼において生命(ゾーエー)が有った, そして生命は人間たちの光(ポース)で有った.
ἐν αὐτῷ ζωὴ ἦν, καὶ ἡ ζωὴ ἦν τὸ φῶς τῶν ἀνθρώπων,
In him was life; and the life was the light of men.
5 そして光は闇において現れ, そして闇は彼を把握しなかった.
καὶ τὸ φῶς ἐν τῇ σκοτίᾳ φαίνει, καὶ ἡ σκοτία αὐτὸ οὐ κατέλαβεν.
And the light shineth in darkness; and the darkness comprehended it not.
6 人間が生起した 神から送り出された者が, その名はヨハネ.
Ἐγένετο ἄνθρωπος ἀπεσταλμένος παρὰ θεοῦ, ὄνομα αὐτῷ Ἰωάννης.
There was a man sent from God, whose name was John.
7 それは証のために来た, 光について証するために, 全てのものどもが彼を通して信頼するために.
οὗτος ἦλθεν εἰς μαρτυρίαν, ἵνα μαρτυρήσῃ περὶ τοῦ φωτός, ἵνα πάντες πιστεύσωσι δι᾽ αὐτοῦ.
The same came for a witness, to bear witness of the Light, that all men through him might believe.
8 彼はあの光で有ったのではない, しかし光について証するために.
οὐκ ἦν ἐκεῖνος τὸ φῶς, ἀλλ᾽ ἵνα μαρτυρήσῃ περὶ τοῦ φωτός.
He was not that Light, but was sent to bear witness of that Light.
9 光が 真のものが有った, それは世界(コスモス)に来て全ての人間たちを照らしている.
ἦν τὸ φῶς τὸ ἀληθινόν, ὃ φωτίζει πάντα ἄνθρωπον ἐρχόμενον εἰς τὸν κόσμον.
That was the true Light, which lighteth every man that cometh into the world.
10 彼は世界の中に有った, そして世界は彼を通して生起した, そして世界は彼を識らなかった.
ἐν τῷ κόσμῳ ἦν, καὶ ὁ κόσμος δι᾽ αὐτοῦ ἐγένετο, καὶ ὁ κόσμος αὐτὸν οὐκ ἔγνω.
He was in the world, and the world was made by him, and the world knew him not.
11 彼は彼のものどもの中に来た, そして彼のものどもは彼を引き受けなかった.
εἰς τὰ ἴδια ἦλθε, καὶ οἱ ἴδιοι αὐτὸν οὐ παρέλαβον.
He came unto his own, and his own received him not.
12 しかし彼を摑んだ者はだれでも,彼らに神の子ら(テクナ・テウー)に生起する権能(エクスーシアー)を彼は与えた, その名に信頼する者どもに,
ὅσοι δὲ ἔλαβον αὐτόν, ἔδωκεν αὐτοῖς ἐξουσίαν τέκνα θεοῦ γενέσθαι, τοῖς πιστεύουσιν εἰς τὸ ὄνομα αὐτοῦ,
But as many as received him, to them gave he power to become the sons of God, even to them that believe on his name:
13 彼らは血の中からでもなく, 肉体の意志の中からでもなく, 男の意志の中からでもなく, しかし神の中から生まれた.
οἳ οὐκ ἐξ αἱμάτων οὐδὲ ἐκ θελήματος σαρκὸς οὐδὲ ἐκ θελήματος ἀνδρὸς ἀλλ᾽ ἐκ θεοῦ ἐγεννήθησαν.
which were born, not of blood, nor of the will of the flesh, nor of the will of man, but of God.
14 そしてその言理(ロゴス)は肉体に生起して我々の中に住み, 我々はその栄誉(ドクサ)を見つめた, 父からの一人子のものなる, 恩恵(カリス)と真実(アレーテイアー)に満ちた栄誉を.
        καὶ ὁ λόγος σὰρξ ἐγένετο καὶ ἐσκήνωσεν ἐν ἡμῖν, καὶ ἐθεασάμεθα τὴν δόξαν αὐτοῦ, δόξαν ὡς μονογενοῦς παρὰ πατρός, πλήρης χάριτος καὶ ἀληθείας.
And the Word was made flesh, and dwelt among us, (and we beheld his glory, the glory as of the only begotten of the Father,) full of grace and truth.
15 ヨハネは彼について証しこう言って叫んだ: それで有る 私が言ったのは: 私の後に来る者は私より前に生起した, それゆえ私の第一で有る.
Ἰωάννης μαρτυρεῖ περὶ αὐτοῦ καὶ κέκραγεν λέγων· οὗτος ἦν ὃν εἶπον· ὁ ὀπίσω μου ἐρχόμενος ἔμπροσθέν μου γέγονεν, ὅτι πρῶτός μου ἦν.
John bare witness of him, and cried, saying, This was he of whom I spake, He that cometh after me is preferred before me: for he was before me.
16 彼の満全さの中から我々全てのものどもは摑み そして恩恵の代わりに恩恵を摑む.
ὅτι ἐκ τοῦ πληρώματος αὐτοῦ ἡμεῖς πάντες ἐλάβομεν καὶ χάριν ἀντὶ χάριτος.
And of his fulness have all we received, and grace for grace.
17 それゆえ法(ノモス)はモーセを通して与えられ, 恩恵と真実は油塗られた者(キリスト)イエスを通して生起する.
ὅτι ὁ νόμος διὰ Μωϋσέως ἐδόθη, ἡ χάρις καὶ ἡ ἀλήθεια διὰ Ἰησοῦ χριστοῦ ἐγένετο.
For the law was given by Moses, but grace and truth came by Jesus Christ.
18 今まで神を誰も見なかった: 一人生起した子 父の懐に有る者, あれが示した.
Θεὸν οὐδεὶς ἑώρακεν πώποτε· ὁ μονογενὴς υἱὸς ὁ ὢν εἰς τὸν κόλπον τοῦ πατρός, ἐκεῖνος ἐξηγήσατο.
No man hath seen God at any time; the only begotten Son, which is in the bosom of the Father, he hath declared him.
19 さてヨハネの証(マルテュリアー)はそのようである 彼へ向かって送り出したとき ユダヤ人らがエルサレムから祭司らとレビ人らを “あなたは誰であるか?”と尋ねるべく,
καὶ αὕτη ἐστὶν ἡ μαρτυρία τοῦ Ἰωάννου ὅτε ἀπέστειλαν πρὸς αὐτὸν οἱ Ἰουδαῖοι ἐξ Ἱεροσολύμων ἱερεῖς καὶ Λευείτας ἵνα ἐρωτήσωσιν αὐτόν· σὺ τίς εἶ;
And this is the record of John, when the Jews sent priests and Levites from Jerusalem to ask him, Who art thou?
20 そして彼は同意し否定しなかった そして 私はその油塗られた者(キリスト)ではあるのではない と同意した.
καὶ ὡμολόγησεν καὶ οὐκ ἠρνήσατο καὶ ὡμολόγησεν ὅτι ἐγὼ οὐκ εἰμὶ ὁ χριστός.
And he confessed, and denied not; but confessed, I am not the Christ.
21 そして彼らは尋ねた: では誰か? あなたはエリアであるか? そして彼は言う: 私はあるのではない. その預言者であなたはあるか? そして彼は答えた: 否.
Καὶ ἠρώτησαν αὐτόν· τί οὖν; σὺ Ἠλείας εἶ; καὶ λέγει· οὐκ εἰμί. ὁ προφήτης εἶ σύ; καὶ ἀπεκρίθη· οὔ.
And they asked him, What then? Art thou Elias? And he saith, I am not. Art thou that prophet? And he answered, No.
22 すると彼に彼らは言った: あなたは誰であるか? 我々を送った者たちに答えを与えるべく: あなたはあなた自身について何と言うか?
εἶπαν οὖν αὐτῷ· τίς εἶ; ἵνα ἀπόκρισιν δῶμεν τοῖς πέμψασιν ἡμᾶς· τί λέγεις περὶ σεαυτοῦ;
Then said they unto him, Who art thou? that we may give an answer to them that sent us. What sayest thou of thyself?
23 彼は言った: 私は吠える声 荒野(寂しい所)において: 主の道を直くせよ と: 預言者イザヤが言ったように.
ἔφη· ἐγὼ φωνὴ βοῶντος ἐν τῇ ἐρήμῳ· εὐθύνατε τὴν ὁδὸν κυρίου· καθὼς εἶπεν Ἡσαΐας ὁ προφήτης.
He said, I am the voice of one crying in the wilderness, Make straight the way of the Lord, as said the prophet Esaias.
24 そして送り出された者たちは分離する者ら(パリサイオイ)の中からであった.
καὶ ἀπεσταλμένοι ἦσαν ἐκ τῶν Φαρισαίων
And they which were sent were of the Pharisees.
25 そして彼らは彼に尋ねて彼に言った: ではなぜあなたは浸す(洗礼を授く)のか もしあなたが油塗られた者(キリスト)でもエリアでも預言者でもあるのではないなら?
καὶ ἠρώτησαν αὐτὸν καὶ εἶπαν αὐτῷ· τί οὖν βαπτίζεις εἰ σὺ οὐκ εἶ ὁ χριστὸς οὐδὲ Ἠλείας οὐδὲ ὁ προφήτης;
And they asked him, and said unto him, Why baptizest thou then, if thou be not that Christ, nor Elias, neither that prophet?
26 ヨハネは彼らに言って答えた: 私は水において浸す(洗礼を授く): あなたたちの中央に立っている あなたたちが知るのでない者が,
ἀπεκρίθη αὐτοῖς ὁ Ἰωάννης λέγων· ἐγὼ βαπτίζω ἐν ὕδατι· μέσος ὑμῶν ἕστηκεν ὃν ὑμεῖς οὐκ οἴδατε,
John answered them, saying, I baptize with water: but there standeth one among you, whom ye know not;
27 私の後に来る者が, 私は 彼の履物の紐を緩めるのに値するのであるのでない.
ὁ ὀπίσω μου ἐρχόμενος, οὗ οὐκ εἰμὶ ἐγὼ ἄξιος ἵνα λύσω αὐτοῦ τὸν ἱμάντα τοῦ ὑποδήματος.
he it is, who coming after me is preferred before me, whose shoe's latchet I am not worthy to unloose.
28 それらのことはヨルダンの向こう側 ベタニヤにおいて起きた そこでヨハネは洗礼者(浸す者)であった.
ταῦτα ἐν Βηθανίᾳ ἐγένετο πέραν τοῦ Ἰορδάνου ὅπου ἦν ὁ Ἰωάννης βαπτίζων.
These things were done in Bethabara beyond Jordan, where John was baptizing.
29 その翌日彼に向かって来るイエスを彼は見る そして言う: 視よ(イデ) 神の子羊, 世界(コスモス)の欠失(ハマルティアー)を持ち上げる者.
        Τῇ ἐπαύριον βλέπει τὸν Ἰησοῦν ἐρχόμενον πρὸς αὐτὸν καὶ λέγει· ἴδε ὁ ἀμνὸς τοῦ θεοῦ, ὁ αἴρων τὴν ἁμαρτίαν τοῦ κόσμου.
The next day John seeth Jesus coming unto him, and saith, Behold the Lamb of God, which taketh away the sin of the world.
30 これがその上に私が言った者である: 男が私の後に来る それは私の前に生起した ゆえに私の第一で有る.
οὗτός ἐστιν ὑπὲρ οὗ ἐγὼ εἶπον· ὀπίσω μου ἔρχεται ἀνὴρ ὃς ἔμπροσθέν μου γέγονεν ὅτι πρῶτός μου ἦν.
This is he of whom I said, After me cometh a man which is preferred before me: for he was before me.
31 そして私は彼を知ってはいなかった,しかしイスラエルに彼が明らかにされるために, その私が来たことの故に私は水において浸す(洗礼を授く).
        κἀγὼ οὐκ ᾔδειν αὐτόν, ἀλλ᾽ ἵνα φανερωθῇ τῷ Ἰσραήλ, διὰ τοῦτο ἦλθον ἐγὼ ἐν ὕδατι βαπτίζων.
And I knew him not: but that he should be made manifest to Israel, therefore am I come baptizing with water.
32 そしてこう言って証した 私は見つめた 霊(プネウマ)が降るのを 鳩のように 天(ウーラノス)の中から, そして彼の方へ留まった.
    καὶ ἐμαρτύρησεν Ἰωάννης λέγων ὅτι τεθέαμαι τὸ πνεῦμα καταβαῖνον ὡς περιστερὰν ἐξ οὐρανοῦ, καὶ ἔμεινεν ἐπ᾽ αὐτόν.
And John bare record, saying, I saw the Spirit descending from heaven like a dove, and it abode upon him.
33 そして私は彼を知ってはいなかった, しかし水において浸す(洗礼を授く)ため私を送った者, これは私に言った: その者の方へ霊が降りまた同じ者の方へ留まるのをもしあなたが視るなら, それは神聖な(神に献げられた)霊において浸す(洗礼を授く)者である.
        κἀγὼ οὐκ ᾔδειν αὐτόν, ἀλλ᾽ ὁ πέμψας με βαπτίζειν ἐν ὕδατι, ἐκεῖνός μοι εἶπεν· ἐφ᾽ ὃν ἂν ἴδῃς τὸ πνεῦμα καταβαῖνον καὶ μένον ἐπ᾽ αὐτόν, οὗτός ἐστιν ὁ βαπτίζων ἐν πνεύματι ἁγίῳ.
And I knew him not: but he that sent me to baptize with water, the same said unto me, Upon whom thou shalt see the Spirit descending, and remaining on him, the same is he which baptizeth with the Holy Ghost.
34 そして私は見出した またこう証した それは神の子である.
    κἀγὼ ἑώρακα καὶ μεμαρτύρηκα ὅτι οὗτός ἐστιν ὁ υἱὸς τοῦ θεοῦ.
And I saw, and bare record that this is the Son of God.
35 その翌日またヨハネが立っていた 彼の弟子たちの中から2人と.
Τῇ ἐπαύριον πάλιν ἱστήκει ὁ Ἰωάννης καὶ ἐκ τῶν μαθητῶν αὐτοῦ δύο.
Again the next day after John stood, and two of his disciples;
36 そして歩き回っているイエスを見つめて言った: 見よ神の子羊だ.
καὶ ἐμβλέψας τῷ Ἰησοῦ περιπατοῦντι λέγει· ἴδε ὁ ἀμνὸς τοῦ θεοῦ.
and looking upon Jesus as he walked, he saith, Behold the Lamb of God!
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ヨハネによる福音書
ΕΥΑΓΓΕΛΙΟΝ ΚΑΤΑ ΙΩΑΝΝΗΝ

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